結婚式二次会

c0025348_21554543.jpg一生に一度であって欲しい晴れ舞台−結婚式。

僕は新婦の友人として披露宴の二次会に招かれた。同席することになった同僚たちとは実に3年振りの再会で、向こうもまさか僕が現れるとは想像もしていなかったらしく、こちらが気恥ずかしくなるほど驚いていた。

会場は30畳ほどのスペースで、真ん中に新郎新婦の席が設けられ、その周りを囲むようにして友人・関係者のテーブルが配置されている。

座席の指定はなかったが、新郎の知人、新婦の知人は、それぞれ自然発生的にシマを作っている。僕は会場に入るなり見知った横顔の居るシマへと近づく。そして、彼の肩を叩いたところ驚かれたのだ。

しばらく近況を報告し合ううち、僕の視線は照明が薄暗く灯されたやや奥まったところに届いた。ちょうど僕らのシマの端に、整った顔立ちの女性がひとり煙草をくゆらせている。

別れた妻だ。彼女もまた同僚という枠に収めることのできる人物だった。

僕はこの場に居合わせている事実を目の当たりにして、心に引っ掛かるモノを感じた。それは、離婚したばかりの人間が、こんなおめでたい場所に同席することへの違和感。

同僚たちは僕らが一緒になったことは知っている。でも、離婚したことを知っている人間がどれだけいるだろうか。たとえ知っていたとして、興味本位に触れたがるほど薄情なやつらではないにせよ、この場違いさ加減には閉口しているに違いなかった。

そんなことを考えながら、いつしか僕は暗がりに浮かぶ彼女の横顔に釘付けになっていた。年齢は30歳をまたいだが、相変わらず見映えのする顔立ちを保っている。

僕が彼女の元に足を進めようとするや否や、このシマでの談笑が一瞬途絶えた。背後に複数の視線を感じながら、彼女の脇に立つ。彼女は待っていたかのように、煙草を揉み消して微笑んだ。

「あら、久しぶり。名簿を見たらあなたの名前があって…。元気してた?」

まあね、とだけ僕は応えて、立ったまま話をしようとしたが、あの同僚たちのところに戻るのも何だか白々しくて戻れそうにないのを悟った。僕は観念して彼女の右隣に腰を降ろし、煙草に火を点ける。

最初の数十秒で僕は近況報告を終えた。とりたてて話すことがなくなり、僕は口を紡いだ。

彼女とは式を挙げていない。アパートやらマンションやらを借りるときみたいに、契約書にサインをしただけだ。二人の間の「絆」さえあれば良いと思っていた。挙式の費用もないし、せめて手続きだけでも先に済ませて、式は後から挙げればいいというのが彼女の意見だった。僕はそれに乗った。

式を挙げなかったのには、他の現実的な原因もある。お互いの母親どうしのウマが合わなかった。「式を挙げるのは勝手だけど、わたしたちは出ませんからね」と、彼女の母親がおかしなことを言い出した。それが両家が不和に至る発端だった。

どちらの母親もいい年してるくせに、もの凄い剣幕でいがみ合うようになり、電話で怒声を浴びせ合うようになった。おかげで、挙式はおろか、身内だけのパーティーさえ実現しなかったのだ。

彼女の隣に腰を降ろして以来、僕の思考は勢い良く逆行を始めていた。ふと我に返ると、二次会はとっくにスタートしていて、僕は無意識のうちに手を叩き、新郎新婦の入場を讃えていた。パーティーは進行する。

拍手、歓声、周囲に乗せられて、ビールをグラス2杯連続で一気飲みする新郎。

そこまでハメを外せる心境なんて、僕は経験したことがあるだろうか。目の前で繰り広げられるハイテンション祭りを眺めながら、僕はときおり彼女の表情を盗み見た。

一度は飽きた顔ながら、笑顔が美しいと思う。

付き合い始めた当初は、彼女の綺麗な顔立ちを見ているだけで満足だった。見つめ合うだけで、時間は勝手に過ぎ去ってくれたものだ。

が、一緒に暮らすようになってからは、僕には彼女の外見が見えなくなってしまった。人から「綺麗なカミさんだね」と言われて、ああそうだったな…と思うようになった。

外見が見えなくなった代わりに、彼女の内なるものが目につくようになった。彼女のそれを直視できるようになってから、ようやく、彼女の外見が錯覚をもたらしていたことに気がついた。しまいには、剥き出しになったものから必死に逃れようとする僕がいた。

新郎新婦の笑顔を見遣る。彼らにはお互いの内側を覗き込み合った確信がありそうだ。誰がどう見ても愛想笑いの類いだとは思えない。

仮にどうだろう…と僕は想像した。

僕と彼女がこのようにきちんとした結婚式を挙げていたなら、僕らも少しの翳りもない満面の笑みをたたえることができただろうか。こんなに特別な日だからこそ許される行為を、僕はハメを外して試みただろうか。

僕は彼女の右耳に口を近づけて囁いた。

「僕らもこんな式を挙げていたら、幸せになれたかもしれないね。」

彼女はこちらを向いて口を開いた。

「さあね」

と口を動かしたように見えたのだが、僕の耳には、

「相変わらず馬鹿な男ね」

という言葉が届いた。

【了】

「瞼の裏側」使用上の注意
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by riv-good | 2005-06-26 22:02 | 掌編小説『瞼の裏側』

約10年の関東生活を経て長崎にUターン。長崎の生活事情や日常に沸き起こる出来事を書き綴っています。歌も歌います。フードアナリスト協会 正会員。何者でしょうか?


by 裕一郎
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