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日曜日の終わりに

日曜日の夕食は早めに済ませるのが習慣になっている。

ちょうどサザエさんを見終える頃、食べ尽くした皿の上には、二人分の箸やらスプーンやらが積み重なる。

彼女はテーブルに肩肘を付いてタバコをくゆらせ、僕はコーヒーをすすりながらテレビに見入る。

「ジャーンケーン…」

何週間か前から僕は感づいていたのだが、彼女はサザエさんとのジャンケンに勝ったことがない。

「グー」

彼女は肘をついた右手の指にタバコを挟んだまま、かったるそうに口だけを突き出して、そう言った。

「また、あいこだな。ってか、ずっとあいこじゃないか」

僕はくくっと笑いながら、彼女を冷やかす。彼女はジャンケンに勝ったことはないのだが、ことごとくあいこなのだ。いつもサザエさんと同じ手を出す。

彼女は灰皿を手元に引き寄せると、吸いかけのタバコを揉み消した。灰皿から立ち上る数本の濃い煙の帯が、僕の顔をいぶす。

彼女は嗤った。

「サザエさんが何を出すかわかるんだもん。ぜーんぶ、お見通し。だから、あえて、あいこ」

僕は釈然としないまま笑い返そうとしたが、彼女の目が笑っていない事に気づいて、慌てて視線を逸らした。

彼女はやり場を失った僕の視線を、ずる賢そうに捕まえた。

「昨日の夜、誰と一緒に居たのかしらね」

彼女はまた嗤った。

(ぜーんぶ、お見通し)

彼女の声が、僕の頭の中に何度も何度も鳴り響いた。

【了】

「瞼の裏側」について
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by riv-good | 2007-11-18 20:44 | 虚構文

龍雲

「ここは龍の乗る雲、『龍雲』の名所です。」

と、小高い山の上に案内されて、しばらく頭上を流れる雲を眺めていた。

気流が異常なせいか、雲の動きは尋常でなく早い。

まるでテレビの台風情報のように、上空の時間だけが早回しされているようであった。

雲がぐるんと大きく渦巻く。

まさしく龍が乗って登場するかのような、墨絵で描かれたかのごとき巨大な「龍雲」が目の前に広がった。

わたしはカメラを手にしたまま茫然と眺めていたが、はっとして我に返った瞬間、それは小さな渦巻きとなり、次第に姿を消しつつ視界の外へと流れていった。

雲は絶え間なく流れていく。ときおり、小さく渦巻くが、さきほど見たような壮大な龍雲はなかなか現れない。

まだかまだかとシャッターチャンスを伺ううち、わたしは夢から覚めた。
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by riv-good | 2007-10-22 21:57 | 虚構文 | Comments(0)

チビのこと

実家の佇まいは一風変わっている。南側以外の三方は、ひとつの駐車場に囲まれており、言い方を換えれば、駐車場の中に家が建っているという有様である。

決して都会的な風景ではなく、土地を余した地域に出向かなければ、実家に似た佇まいを目にすることは無いだろう。

実家には6畳ほどの板敷きのベランダがあり、ここら一帯のノラ猫たちは雨風をしのぎに集っていた。彼らのナワバリは、このベランダと、その周囲を取り巻く広大な駐車場であった。

今年7月5日まで、ナワバリには、チビと呼ばれる白毛のメス猫が棲みついていた。

チビという名は、僕の母親が名付けた。かつては、躰の小ささがひときわ目立つ仔猫だった。たびたび家に上がり込んでは、玄関先や居間に居座り、飼い猫以上に飼い猫らしく寛いでいることがあった。成猫となり、体躯の大きさは他のノラ猫と変わらない程になったが、相変わらずチビと呼ばれ続けた。

チビは、いつしか一団を統率する存在になっていた。戦闘力の高さと勇敢さはどのノラ猫も及ばず、外敵が襲来すると先頭を切って戦い、単身、ナワバリを守り抜いた。とはいえ、荒くれた性格でもなく、育児放棄された仔猫がいれば、自らの乳を飲ませて育て上げることもした。「正義漢」と家人は口をそろえて評した。

その上、人を怖がることがなく、たまに帰省してくる僕が相手であっても気軽に足元に寄ってきて、頬を擦りつけた。前世では人間家業を営んでいたのではないか…と、立証の余地のない想像を容易にさせてしまう、そんなノラ猫であった。

そのチビが、逝った。

駐車場の片隅に、口元から血を流し、両手を正面に投げ出した恰好で伏せっていたのを母が見つけた。

チビはその生涯の幕を閉じるまでの数年間に、人であればその精神を引き裂かれるであろうほどの致命傷を負った。以来、チビは毎日のように入道雲の広がる空を見上げて過ごすようになった。僕の母の言葉を借りれば、まさしく「虚空を見つめる日々」が、その最期を迎える日まで続いたという。

チビが空を見つめるようになったのは、復讐の一心であったのか、うつろな気持ちがそうさせたのか、あるいは警戒心がそうさせたのか、想像の域を出ない。しかし、僕自身が親であったなら、また子を持つ身であったなら、彼女と同じように毎日空を見上げ、ただそれだけの日々を送ることに何の疑念も抱くまい。

夕闇迫る刻限、母は2階のベランダから壮絶な物音とカラスの奇声が響いてくるのを聞いた。ただのケンカではないと察した母は、箒を片手に携え、2階へと駆け上がり、ベランダに続く窓を開けた。

視界に飛び込んできたのは、大きく両羽を広げた1羽のカラスであった。鋭く尖らせた爪を突き出し、奇声を発し、幾度となく離着陸を繰り返している。そして、果敢にも総毛を立て、爪で引っ掻き応戦するチビの姿が、そこにあった。

カラスの標的となったのはチビではなかった。彼女が産んだばかりの仔猫の方であった。母がベランダに駆けつけたとき、すでに、赤黒い液体に染まり眼球の転がり出た肉塊が、チビの脇に転がっていた。

カラスは飛び去った。無惨な方法で生命を絶たれた仔猫の亡骸。そして、かろうじて襲撃を免れたもう1匹の仔猫が残った。チビは少なくとも外傷を負ってはいなかった。

生き残ったもう1匹の仔猫を失うのに、時間は掛からなかった。翌日、再びカラスの襲来を受けた。幼く白い生命は、瞬く間に空の彼方へと吸い上げられて、消え去った。それ以来、チビは虚空を見つめる日々を過ごすようになった。

チビにとって仔を失う経験は、これが初めてではなかった。初産では4匹の仔猫をもうけたが、たった1度の交通事故でその全てを失っている。結果として、彼女が産んだ仔は、1匹たりとも生き長らえてはいない。

彼女は腹を痛めるたび、その数だけの死を目撃せねばならなかった。同じナワバリの猫たちには仔があり、そのほとんどが連綿と続く血族を残しているというのに、チビだけが仔を失い続ける。自らの遺伝子が現世に残ることを禁じられている。そんな数奇な宿命を背負っているようであった。

チビに課せられた生の使命とは何だったのだろう。チビと同じ不幸が、ヒトの身に降りかかってきたとしたら、僕らは不運という言葉などでは到底納得できないであろう。ヒトはそれを「祟りだ」と言うだろうし、人知を超越した力の仕業であることを疑わず、もはや霊的な次元でしか納得しようとはしないだろう。そのような生を、彼女は受けた。

炎天下。梅雨明けを予告する太陽の日差しがアスファルトを焦がし、地表の空気は歪んで見える。買い物から帰ってきた母は、駐車場にとめられたクルマの下に、白い四肢が覗いているのを見つけた。

母は日傘を閉じてしゃがみこみ、チビの様子を見た。日に日にその手足が痩せ衰えていくのがわかる。近頃はエサを食べに来るのも他のノラ猫たちばかりで、食事をしているチビの姿は見かけられなくなった。母はチビの肉球に指で触れると、チビはわずかに爪を立てて反応した。

「あんた、見えんところで逝くなよ」

母とのそのやりとりが、人との最期の繋がりであった。

翌日の午前、日が高くならないうちに外出しようとした母は一種異様な光景に遭遇した。この一帯をナワバリとするノラ猫たちが、駐車場のある1点を見据え、点々として1列に並んでいたのである。

母は、佇んでいるノラ猫たち1匹ずつの背中を辿り、彼らの視線の先にあるものを追った。その列の先頭に転がっていたのは、両手を正面に投げ出した恰好で伏せっている白猫の亡骸であった。

母は黙祷を終えて合掌を解くと、遺骸に近づいた。口元から一筋の血液が這い出し、頭部と同じ大きさほどの血だまりを作っていることに気がついた。クルマに轢かれた形跡はなく、唾液にまみれていない様子からは、毒物による悶死とも察しがたい。衰弱死とは思われたが、その点だけが死因を曇らせたのである。

ひとしきり、チビの生き様と最期とを語り終えた母は、僕にひとつだけ質問をした。猫も舌を噛み切って死ぬことがあるのだろうか、と。

【了】

「瞼の裏側」について
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by riv-good | 2007-09-01 00:30 | 虚構文

終点へ

ようやくバイトが終わった。

あんなだだっ広い売場を、たった1人のバイトに任せるだなんてどうかしてる。大型店舗のくせに、ケチなことしやがって…。

僕はぶつぶつ文句を言いながら、バスターミナルに向かう。1時間の残業のおかげで、時刻はすでに午後10時を回っていた。妙に蒸し暑い。コーラの缶からしたり落ちる露が、右手の掌を濡らす。

数歩進むごとに、冷たい液体で喉を潤す。上を向いたついでに、星空を眺める。そして、また溜息を漏らす。

今夜は大学の研究室に戻る。やり残したレポートを仕上げるためだ。残された体力でいったいどれ程のことができるだろう。考える気力もない。

足取り重くターミナルにたどり着くと、ターミナル手前の角を曲がって、バスがこちらに向かってくるのが見えた。

停留所で立ち止まると、ベタついた空気がまとわりついてきた。空き缶を握りつぶし、湿気を振り払うようにしてダストボックスに投げ入れた。バスは通り過ぎるくらいの勢いで近づいてくる。そして、ちょうど僕の目の前に乗車口をあわせるようにして、キュッと止まった。

ドアが開くと、少し蒸れくさい空気が漂った。車内には中途半端な冷房が効いている。ますます、やる気を失わせる。

後部の乗車口から乗り込むと、この時間にしては、意外に乗客が多いことがわかった。部活帰りと思しき女子高生、こんな暑い中、律儀に長袖のスーツを着た若い男性。パート帰りらしき中年の女性もいる。そして、油で頭の皮膚をてからせた中年男性。

表情は見えないが、どの乗客もうつむき加減の後ろ姿を見せている。うつむいているというか、肩をがっくりとうなだれているようにも見える。いっそう疲れた雰囲気が僕を包んだ。

バスが急発進した。僕はその反動で背中を押されるようにして、細い通路を前へと小走りに突っ切る。何とかバランスを保ちながら、いちばん前の左側の席に腰掛ける。いつもの場所だ。僕は座ったまま両替機に手を伸ばすと10円玉をこしらえた。体勢を元に戻して財布に放り込み、また溜息をつき、そして彼らと同じようにうつむいた。

バスはいくつかの停留所を通過した。乗り込んでくる客はいない。降りる客もいなかった。このままみんな終点で降りるのだろうか。大学付近に、人が帰りそうな家はないはずだが…。

「御乗車お疲れさまでした。次はT大学前」

終点が近づく。僕は手に握っていた財布を開けて、数枚の小銭を握った。無意識に握りしめていた整理券の皺をピンと伸ばす。

フロントガラスの先には、街灯に照らし出された停留所が青白く浮かび上がっている。しかし、その光景はいつもとは違って、僕にある種の異物感を催させた。

停留所には、白いワンピースを着た女性が1人佇んでいた。

バスは勢いよく車体を左に振ると急停車した。まるで運転手は、彼女の姿を確認したがために、バスを止めたかのようにも思えた。

程なくして、後部の乗車口のドアが開いた。その女性が乗り込んでくる。僕は慌てて席を立ち、遠慮がちに運転手に告げた。

「あ、あの。降りたいんですけど…。」

帽子を目深にかぶった運転手は正面を見据えたまま、こう呟いた。

「ちゃんとベル鳴らして下さいね…。」

「だって、ここ終点でしょう?」

僕の問いを掻き消すかのようにエアーの抜ける音がして、降車ドアが開いた。

ちょうどそのとき、背後にいくつかの足音が近づいてきた。やはりそうだろう。終点だ。みんな降りるのだ。ベルを鳴らせなんて、この運転手がどうかしているんじゃないか。

僕は握りしめた右手を緩め、ようやく小銭を料金箱に解放しようとした。

そのときだった。背後にいた足音の主は、ものすごい力で僕の右腕を掴んだ。振り返ると、それはたった今バスに乗り込んできた、白いワンピースの女性だった。僕は、反射的に振り解こうとした。しかし、まったく歯が立たない。

彼女は能面のような冷ややかな表情をしたまま、右腕をぐいぐい絞り上げた。氷に触れたときのような感覚が、掴まれた手首から僕の身体の真ん中まで伝わってくる。

突如として、彼女は口の右端だけを鋭くつり上げてニヤリと笑った。気がつくと他の乗客もまた、同じ表情を浮かべて、僕に視線を注いでいる。

降車口のドアは、音もなく閉じた。

そしてバスは動き出す。運転手がアナウンスする。

「次は……」

【了】

「瞼の裏側」について
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by riv-good | 2007-08-27 01:38 | 虚構文

銀の歯ブラシ

c0025348_0364695.jpgわたしはいつものように、食料品コーナーで商品の陳列をしていました。夕方…いや、もう午後8時を回っていたと思います。

平日の木曜日で、しかもあいにくの天気。店内を歩く人影はまばら。しかもそのほとんどが仕事を終えた従業員で、彼らが買い物かごを片手に売れ残りの商品を買いあさる、そんな時間帯でした。

わたしはというと翌日に控えた特売の準備。段ボールで10箱にも及ぶカレールゥを、ひたすらワゴンの上に山積みしなければなりませんでした。付近は生鮮食品の棚も近く、ワゴンの周りも冷房がイヤというほど効いているはずなのですが、額から滴り落ちる汗を拭いながらの作業。

どれくらいの時間が過ぎたのかわかりませんでしたが、段ボールを数えてみると残すところ4箱。ようやく終わりが近づいてきたのを知り、わたしは大きく深呼吸をして次の段ボールに手を掛けました。

不意に背後からわたしを呼ぶ声が聞こえたのは、そのときのことです。

振り返ると、浅黒い肌色をした、目がぱっちりとして鼻が高く、髭の濃い……まぁ、いかにもアラブ人といった風情の男性が一人立っていました。

「銀の歯ブラシを探しています。」

外国人の男性は、見かけに寄らず妙に甲高い声を発するものですね。この地域では外国人居住者が多く、声をかけられることもさほど珍しいことではなかったのですが、彼の風貌と声質とのギャップにちょっとしたおかしさを感じました。

「歯ブラシのコーナーはこちらです。」

わたしは左手を指し出して歯ブラシの吊り下げられている棚を示しました。そうして、すぐにやりかけていた作業に戻ろうとしたのですが、アラブ人男性はわたしを引き止め、一緒に探すのを手伝って欲しいと言ってきたのです。

考えてみればぶっ通しの作業だったし、小休止を入れるのも悪くない。わたしはとくに嫌な気はしませんでしたから、彼を生活雑貨のコーナーに導き、歯ブラシ探しにお付き合いすることにしました。

「銀色の歯ブラシですね…。」

彼とわたしは腰を折り、棚に何重にも吊るされた歯ブラシたちをめくりながら目当てのものを探しました。

ふと気づいたのですが、彼はときおり眉間に皺を寄せ、その都度小さい声で唸っているではありませんか。そして、渋い顔をしながら右頬をさするのです。

「歯が痛いのですか?」

そう訊くやいなや、彼はいきなりわたしに向かって顔を近づけてきました。そして、口を大きく開けてその中を見せたのでした。

そこにはなんとも信じられない光景が。

彼の口の中には、ツルハシを持った黒くて小さな人影がひょこひょこと蠢(うごめ)いているではありませんか。わたしは驚きを隠し得ず、一瞬口をぽっかりと開けて、人影に見入ってしまいました。

彼は口を閉じると、悲しそうな目をして、こう言いました。

「だから銀の歯ブラシが必要なのです…。」

わたしはただただ唖然とするばかりでした。

結局、彼の欲しがっている「銀の歯ブラシ」は見つかりませんでした。申し訳ありませんと頭を下げると、彼はやはり渋い顔をして右頬をさすりながら、とぼとぼと売り場を後にしたのです。

その背中を見送って、わたしは再び元の作業に戻りました。しかし、どうにもあの不思議な光景が頭から離れなかったせいで、仕事ははかどらず。カレー積みの作業が終わってからも、今度は売り場の片付けに追われました。

結局自宅に戻ったのは午後11時過ぎ。帰るなりベッドに身体を預け、思いっきり伸びをしたところで、わたしはそのまま深い眠りに就いたのでした。

翌朝、わたしは得も言われぬ痛みに襲われて目を覚ましました。

急に奥歯のあたりが疼きだしたのです。虫歯なのでしょうか。ふと、昨日のアラブ人のことが脳裏を過ぎりました。まさかと思って口の中を鏡に映してみると、案の定、そこにはこそこそと動き回る人影が。

どうやらわたしも、銀の歯ブラシを探しに行かねばならないようです。

【了】

「瞼の裏側」について
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by riv-good | 2005-07-10 00:40 | 虚構文

結婚式二次会

c0025348_21554543.jpg一生に一度であって欲しい晴れ舞台−結婚式。

僕は新婦の友人として披露宴の二次会に招かれた。同席することになった同僚たちとは実に3年振りの再会で、向こうもまさか僕が現れるとは想像もしていなかったらしく、こちらが気恥ずかしくなるほど驚いていた。

会場は30畳ほどのスペースで、真ん中に新郎新婦の席が設けられ、その周りを囲むようにして友人・関係者のテーブルが配置されている。

座席の指定はなかったが、新郎の知人、新婦の知人は、それぞれ自然発生的にシマを作っている。僕は会場に入るなり見知った横顔の居るシマへと近づく。そして、彼の肩を叩いたところ驚かれたのだ。

しばらく近況を報告し合ううち、僕の視線は照明が薄暗く灯されたやや奥まったところに届いた。ちょうど僕らのシマの端に、整った顔立ちの女性がひとり煙草をくゆらせている。

別れた妻だ。彼女もまた同僚という枠に収めることのできる人物だった。

僕はこの場に居合わせている事実を目の当たりにして、心に引っ掛かるモノを感じた。それは、離婚したばかりの人間が、こんなおめでたい場所に同席することへの違和感。

同僚たちは僕らが一緒になったことは知っている。でも、離婚したことを知っている人間がどれだけいるだろうか。たとえ知っていたとして、興味本位に触れたがるほど薄情なやつらではないにせよ、この場違いさ加減には閉口しているに違いなかった。

そんなことを考えながら、いつしか僕は暗がりに浮かぶ彼女の横顔に釘付けになっていた。年齢は30歳をまたいだが、相変わらず見映えのする顔立ちを保っている。

僕が彼女の元に足を進めようとするや否や、このシマでの談笑が一瞬途絶えた。背後に複数の視線を感じながら、彼女の脇に立つ。彼女は待っていたかのように、煙草を揉み消して微笑んだ。

「あら、久しぶり。名簿を見たらあなたの名前があって…。元気してた?」

まあね、とだけ僕は応えて、立ったまま話をしようとしたが、あの同僚たちのところに戻るのも何だか白々しくて戻れそうにないのを悟った。僕は観念して彼女の右隣に腰を降ろし、煙草に火を点ける。

最初の数十秒で僕は近況報告を終えた。とりたてて話すことがなくなり、僕は口を紡いだ。

彼女とは式を挙げていない。アパートやらマンションやらを借りるときみたいに、契約書にサインをしただけだ。二人の間の「絆」さえあれば良いと思っていた。挙式の費用もないし、せめて手続きだけでも先に済ませて、式は後から挙げればいいというのが彼女の意見だった。僕はそれに乗った。

式を挙げなかったのには、他の現実的な原因もある。お互いの母親どうしのウマが合わなかった。「式を挙げるのは勝手だけど、わたしたちは出ませんからね」と、彼女の母親がおかしなことを言い出した。それが両家が不和に至る発端だった。

どちらの母親もいい年してるくせに、もの凄い剣幕でいがみ合うようになり、電話で怒声を浴びせ合うようになった。おかげで、挙式はおろか、身内だけのパーティーさえ実現しなかったのだ。

彼女の隣に腰を降ろして以来、僕の思考は勢い良く逆行を始めていた。ふと我に返ると、二次会はとっくにスタートしていて、僕は無意識のうちに手を叩き、新郎新婦の入場を讃えていた。パーティーは進行する。

拍手、歓声、周囲に乗せられて、ビールをグラス2杯連続で一気飲みする新郎。

そこまでハメを外せる心境なんて、僕は経験したことがあるだろうか。目の前で繰り広げられるハイテンション祭りを眺めながら、僕はときおり彼女の表情を盗み見た。

一度は飽きた顔ながら、笑顔が美しいと思う。

付き合い始めた当初は、彼女の綺麗な顔立ちを見ているだけで満足だった。見つめ合うだけで、時間は勝手に過ぎ去ってくれたものだ。

が、一緒に暮らすようになってからは、僕には彼女の外見が見えなくなってしまった。人から「綺麗なカミさんだね」と言われて、ああそうだったな…と思うようになった。

外見が見えなくなった代わりに、彼女の内なるものが目につくようになった。彼女のそれを直視できるようになってから、ようやく、彼女の外見が錯覚をもたらしていたことに気がついた。しまいには、剥き出しになったものから必死に逃れようとする僕がいた。

新郎新婦の笑顔を見遣る。彼らにはお互いの内側を覗き込み合った確信がありそうだ。誰がどう見ても愛想笑いの類いだとは思えない。

仮にどうだろう…と僕は想像した。

僕と彼女がこのようにきちんとした結婚式を挙げていたなら、僕らも少しの翳りもない満面の笑みをたたえることができただろうか。こんなに特別な日だからこそ許される行為を、僕はハメを外して試みただろうか。

僕は彼女の右耳に口を近づけて囁いた。

「僕らもこんな式を挙げていたら、幸せになれたかもしれないね。」

彼女はこちらを向いて口を開いた。

「さあね」

と口を動かしたように見えたのだが、僕の耳には、

「相変わらず馬鹿な男ね」

という言葉が届いた。

【了】

「瞼の裏側」使用上の注意
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by riv-good | 2005-06-26 22:02 | 虚構文

ネコの居るコタツ

昨年の暮れのことです。長年使っていたコタツのヒーターが故障してしまいました。
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なにせこの寒さですから、そのまま新年を迎えるわけにはいかず、かといって新品を買えるほどお金の持ち合わせがありません。思案したあげくに、県境にあるリサイクルショップへと駆け込んだのです。

運良く見つけた家具調のコタツ。新品同様のわりに、値段は1980円と手頃。是非もなく買い求めました。

わたしの部屋にネコが…いや、正確にはネコとおぼしきものが棲みついたのは、その日からのことです。

十分暖まるし、見映えもしっかりした申し分ないコタツなのですが、不意に足を突っ込むと、柔らかくて弾力のある物体を蹴ってしまうことがあるのです。

驚いてコタツ布団をめくって覗こうとすると、シャランという鈴の音と共に何者かが走り去る気配。

中には何の姿もなく、ただ対面のコタツ布団がトンネルのようにめくれているばかり。部屋を見渡しますが、鈴の主は見当たりません。

ネコの居るコタツ。

体を蹴ったお詫びに、こっそりとエサでも入れておこうかと思うのですが、はたして食べてくれるでしょうか。
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by riv-good | 2005-02-13 14:08 | 虚構文

超魔術DVD

とあるピザ屋のキャンペーンでもらった超魔術DVDには、とっておきの「魔術」が一本収録されています。
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画面の中に登場する髭面の男性。彼の指図どおりに手先を動かすと、あら不思議。目の前に置いた物が、いとも簡単にフッと消えてしまうのです。

「物が消えてしまう」なんてごくありふれた手品かも知れませんが、どうもその手のものとは違います。本当にタネも仕掛けもないのですから。

巧みに指を動かして死角を作ったり、服の袖にしまい込んだりと、あくまで消えたように見せかけるのが「手品」であるとすれば、物質の存在をこの空間から瞬時にして掻き消してしまうわけですから、これはもはや「魔術」と言って差し支えないでしょう。

こんなDVDが巷に溢れてしまっては、マジシャンなんて失業してしまうのではないかと心配してしまったほどなのですが、実はちょっとした不便なことに気づきました。

この魔術は、このDVDを観ながらでないと成功しないのです。

昨日はついつい得意気になってしまいまして、恋人の目の前で披露したものの不甲斐ない結果に終わりました。その数時間前まで画面に向かって黙々と練習して、もはや失敗のしようがないことを確認していたはずだったのですが…。

先ほどもう一度、DVDを観ながら彼の手ほどきどおりに試してみたところ、あっけなく成功しました。手応えを確信して、今度は鏡を相手にやってみたのですがダメでした。どうしても、このDVDを観ながらでないとうまくいかないのです。

もしかすると、このDVD自体に「魔術」がかけられているのかもしれません。
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by riv-good | 2005-02-08 23:52 | 虚構文

「瞼の裏側」について

掌編の小説です。

目を閉じて思い浮かんだ絵空事を、文章にしています。

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by riv-good | 2005-02-01 00:00 | 虚構文

長崎県諫早市出身。約10年の関東生活を経て長崎市在住。長崎の料理や食材のレベルの高さを思い知らされる日々。長崎の食卓事情や日常に沸き起こる出来事を書き綴っています。歌も歌います。フードアナリスト協会 正会員。何者でしょうか?


by 衣谷(ゆう)
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