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帰京

前夜、出発時間と行動計画を入念にチェックしていたにもかかわらず、当日の初っぱなから1時間も予定が狂ってしまった。

実家を発つ朝のこと。昨夜夕飯の席で「仕事があるんで、見送りには行けない」と言っていたはずの父が、なぜかまだ家に居る。出発の支度をしているわたしを見て、「駅まで送ろうか?」と声を掛けてくれた。

わたしは掛時計の時刻を読んで「この時間に送られては早すぎるので」と、その夜に交わしたやりとりと同じ理由で辞退した。

(JR諫早駅まではクルマで10分。ざっと見積もったところで、9時49分発の特急まで約30分も待つことになる。駅ビルのような設備はないので、ヒマを持て余すのが目に見えている。)

そう判断した瞬間から、おかしなことになっていた。掛時計の時刻を読んだとはいえ、それは長針だけではなかったか?「時」を省略し、「分」だけでもって時間を読み取った。

つまり、8時10分と9時10分の区別ができていなかったことになる。

おそろしいことだ。

仮にこの時間感覚でカップラーメンを作ると、どうなってしまうのか。

12時00分にお湯を注いで、13時03分に食べ始める。

麺が、なんだかものすごくノビている。

……。

さて、当初の予定では、本諫早駅・9時29分発の島原鉄道に乗れば、早すぎず遅すぎず、ちょうど良い頃合いに諫早駅の4番ホーム辿り着けるはずだった。前夜、夕食を囲みながら、わたしは「明日は9時25分には家を出ます」と高らかに宣言し、母からは「ちょうど博多に阿修羅展を見に行ったときの特急に乗るとね」とのレスポンスも得られた。それほど、印象強い出発時刻だったはずなのだ。

あろうことか、父の見送りを辞退した僅か10分後に、それは起こる。

「時」の感覚が抜け落ちた長男は、荷物を背負い仏壇に掌を合わせて、両親に「ではではお元気で」と頭を下げ、小走りに本諫早駅へと向かってしまったのだ。

島鉄に乗り、5分足らずで諫早駅に到着。その足で4番ホームに向かう。すでに自由席の争奪戦が始まっていて、長蛇の列を作っている。指定席を取っていたわたしは悠々とホームの電光掲示板に目を遣った。何かが変だ。この10分後にやって来るはずの「特急かもめ12号」の情報が、そこには表示されていなかった。

「どうしてだ?!なぜ、かもめ12号が無いのだ?!」

それもそのはず。だって、1時間早いんだもん。

狼狽しながらも電光掲示板によく目を通してみると、次発の電車の時刻が目に止まった。

「9時8分・・・!」

ここでようやく、現在の時刻に気づいたのだ。まだ8時台じゃないか。

実家に電話を入れると、母曰く、

「おかしかねー、早かねーと思ったもーん」

「あははははは!」

大爆笑をもって、自分の失態を誤魔化すほかなかった。

電話を終えると、重い荷物を引きずって駅に隣接するミスタードーナッツに入る。アイスコーヒーを注文し、1時間を掛けて、徐々に氷が解け水のように薄まってゆく過程を楽しんだ。

8月18日(火)19時33分。新幹線のぞみ38号、東京駅着。

今夏の帰省を終えた。

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あいばのぅ。
(See you.)
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by riv-good | 2009-08-29 10:39 | 旅道楽 | Comments(1)

ノスタルジア

諫早中央部の景観は、年を追うごとに変貌し続けています。

その変わり様はというと、生まれ育って30年間くらいの記憶が、

「夢だったんじゃなかろうか・・・」

と疑われてしまうほど。

わたしの通っていた保育園・幼稚園・小学校は移転してしまっており、あの校舎はもう存在しません。

中学校はまだ残っていますが、その周辺は区画整理の対象となっているので、通学路にしていた道は引き直されているし、建物も様変わりしました。

ちょっと前までそこに在ったものがなくなっていて、その代わりと言ってはなんですが、

「これで、いいんだろうか」

と思える景観が、眼前に広がっていたりします。


■小路
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帰省する前、ふと、この路のことを夢に見てしまい、

(もしかしたら、もう残っていないかも…)

などと心配していたのですが、まだ残っていました。

この路を突き当たると・・・、
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川が流れています。

買い物に出掛けるときは、祖母や母に手を引かれて石畳の道を歩いたものです。

当時は長屋が連なっており、武家屋敷の雰囲気がありました。

写真に収まるくらいの短い距離ですが、川の流れる小径の景色は、今でもお気に入りです。


■長崎刑務所跡地
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実家から10分ほど歩くと、長崎刑務所の跡地にたどり着きます。

実は、ここが中学校への通学路(笑)

学校ばかりでなく、友達の家に遊びに行くのにも、ゲーセンに行くのにも、高く聳える赤煉瓦の塀の脇を必ず歩いたものです。

今は、ご覧の有様。
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大型商業施設が建設される予定だったそうですが、何らかの問題があって開発は頓挫。今は正門と管理棟の一部が、ぽつんと残されている状態です。

取り壊しのことを知ったのは、デイリーポータルZの記事「衝撃の廃墟/旧長崎刑務所を訪ねる」でした。

このような結果に至った経緯については、前村記念博物館ブログを参照いたしました。

もっと……綿密な計画と現実味のある開発はできんものかね?
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by riv-good | 2009-08-26 20:42 | 旅道楽 | Comments(0)

涼むぱんだ

洗面所で。
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応接間で。
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台所で。
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さすが、快適名人ですなぁ。
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by riv-good | 2009-08-22 18:57 | 猫道楽 | Comments(0)

諫早にもある眼鏡橋

長崎市の眼鏡橋は有名ですが、諫早にも眼鏡橋があります。
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1839年(天保10年)。諫早の中心を流れる本明川(ほんみょうがわ)に、長崎の眼鏡橋をモデルとして、長さは約2倍という「屈強な石橋」が架橋されました。

この石橋、現在まで決壊したことがありません。

「水害に耐える」というニーズによって造り出されただけあって、まさにtoughnessを具現化したような橋。

が、その屈強さが仇となって、1957年(昭和32年)には諫早大水害を招いたとさえ言われます。

激流に揉まれ押し流される木々や瓦礫を堰き止めて、強大な水圧にも耐え抜く。その結果、川が氾濫し、市街地を水浸しにしたとのこと。

大水害後は「その原因」として爆破・撤去されそうになりましたが、街のシンボル性・石橋としての希少価値を認められ、国の重要文化財の指定を受け、現在の「諫早公園」に移設・保存されるに至ります。

今や生活路として実用されていませんが、おそらく日本に現存する最強の石橋でありましょう。
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by riv-good | 2009-08-16 13:38 | 旅道楽 | Comments(4)

2009年8月版・実家のネコ

かつてはネコ屋敷を通り越して「ネコのデパート」化していた実家ですが、めっきり数が減ってしまいました。

※2年前の模様は、こちら

■ホップ、ステップ、玉砕
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どことなく、流れ星ヘアーの仔ネコ。

他にも、小さいのが。

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■しっぽ一家
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画像左がしっぽ、まだまだ健在。

相変わらず、ベランダをテリトリーとしています。

警戒心の強さも、相変わらず。

綺麗に並んでカメラ目線で撮れていますが、実際はこちらの挙動を伺っている視線です。

例外はゴハンどき。

定刻になると、「ごはーん」と催促されるので、

ネコゴハンの入ったボストンバッグを片手に、

「ホラ、怪しいモンじゃないんだ。しょ、食料を持ってきたんだ。しょ、食料だ!」

とネゴシエーターっぽい演技をしながら近づくと、おもしろいほど逃げようとしません。


■ぱんだ
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2代目となった家ネコ。

シャープな顔立ちですが、首から下は・・・、

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このとおり。
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by riv-good | 2009-08-11 17:00 | 猫道楽 | Comments(2)

実家探訪 2009夏

■エノキノキ
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実家の裏に聳え立つ樹木。

よくよく考えると、身近に巨大な樹があること自体、珍しい環境だ。

捕虫網に竹を継ぎ足して、かなりの高さにとまっているセミを獲ったのを思い出した。

幼い頃に「エノキ」と教わったのだが、イノキとかエノキダケとかを、ごっちゃにしていて、区別がつかなかった記憶も蘇ってきた。


■クマゼミ
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最近、関東にも進出し始めたらしい、南国のセミ。

網戸にとまっていたのはメスだが、オスはワシャワシャと鳴く。

クマゼミのワシャワシャ大合唱が始まると、真夏だなぁ…と実感する。


■巨大金魚
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遠近法が狂っているのではなくて、単純に金魚がでかい。

左端の水槽の金魚が、ふつうサイズ。

鯉なのでは?と疑ったものの、口髭がなかったので、残念ながら金魚。

どうやったらこう育つのかは謎。


■ぱんだ
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実家で飼われている、シャム猫mix。

目の周りの模様から「ぱんだ」と名付けられたようです。

ぱんだを飼い始めて以来、タマは家出をしてしまったそうな。
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by riv-good | 2009-08-09 11:56 | 旅道楽 | Comments(0)

博多・だるま

高速バスを降り立ち、真っ先に向かったのが豚骨ラーメンの有名店「博多・だるま」。

長崎・諫早に帰るには特急列車に乗り換えなければならないのだが、あえて4時間の自由時間をとった。

というのも、

「何が何でも、だるまを食べてやる」

そういう気概でもって、1~2時間は行列に並ぶ覚悟をしていたからである。

地下鉄に乗って天神へ。天神からは七隈線に乗り換え、次の渡辺通で降りる。事前にルートを下調べしておいた成果があって、ほどなくして「博多・だるま」に到着。

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(オレって、段取り王だな…)

まさに、とんとん拍子を具現化したような行動計画。うまくいきすぎて、参ってしまう。

幸いなことに想像していたような行列はできておらず、すんなりと入店。カウンターに通された。

「ラーメン、麺カタめで」

注文を終えると、2分を待たずして、念願の「だるま」ラーメンが目の前に据えられた。

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いやー、美味しかった!

以前、足立区の豚骨ラーメン店「田中商店」の記事で、「ふつうのとんこつラーメン」と評したのだが、だるまの場合は、よりあっさりしている。

豚骨ラーメンについて、ギトギト濃厚なイメージを持っている人がこれを食べたら、確実に先入観を覆されてしまうだろう。

実際、九州の食べ物でギトギト濃厚なものといったら、心当たりがない。同じ豚骨ベースの料理といえば「博多水炊き」が有名だけれども、ギトギトしていることはない。

あくまで、あっさり薄味。

「こぃが九州の味やねー。」

と納得して、だるまを後にした。

4時間のスケジュールが、わずか20分で終了。

うまくいきすぎて、参った。
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by riv-good | 2009-08-08 14:46 | 呑喰道楽 | Comments(0)

高速バスだもの

ひさびさに実家・長崎に帰省中です。

今回は「水曜どうでしょう」にて【King of 深夜バス】の称号名高い、東京・博多間の高速バスに一勝負挑みました。

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東京駅八重洲口を20時20分発、博多駅に翌日12時20分着。約16時間に及ぶ苦闘。見事「おみまい」されました。

首と腰が、イてー。

常に振動し続ける座席。道路をタイヤで走っているのだから、揺れるのは当然。ちょっとやそっとでは寝かせてはくれません。

リクライニングの角度は十分なポテンシャルがあります。しかし、車内アナウンスで「かなり倒れるので、後ろのお客様のご迷惑にならない程度に…」と釘を刺されているので、遠慮するしかありません。

結局、頭をうなだれる体勢になるのですが、頭を支えるため首に大きな負担が。限られたスペースでの寝返り。背中には大量の寝汗。水分が欲しくなり、たびたび目が覚める。

そういうのを繰り返しているうち、次第に疲れてきて意識がなくなります。ちょうど徹夜の明けに限界が来て、眠りに落ちる感覚に似ているなぁ。

これで片道11,500円。

16時間かければヨーロッパにも行けますが、1万円ではヨーロッパには届きません。

なにせ、高速バスだもの。

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by riv-good | 2009-08-06 20:11 | 旅道楽 | Comments(0)

昭和の新聞

実家の応接間には、「昭和の新聞」と題された古新聞がファイリングされ壁に掛けられている。

昭和の新聞は倉庫を整理しているときに出てきたもので、食器などの包装紙として使われていた。

活字の書体が古めかしかったので、

(やけに古い新聞だなぁ)

と、できるだけ破らないように紙面を広げて日付を確認したところ、ほとんどが戦時中のものだった。

c0025348_2334380.jpg収録されているのは、当時の毎日新聞、朝日新聞、それから満州日報。

現在から遡って、わずか60年ほど前の事実が記されている。

一面記事の内容が、今とは違いすぎる。

違いすぎて、まったく冗談のようにさえ思えてしまう。

誰かがこしらえたフィクションではないか?と錯覚してしまう。

だが、事実である。

新聞は、この日本が大まじめに戦争に明け暮れた時代が、ほんの少し前に、虚構でも何でもなく確実に存在していたことを物語っている。

「狂気である」

と直感した感覚を、わたしは忘れまい。

狂気の果てに、今のわれわれがあることを忘れまい。

No more war,

No more HIROSHIMA,

and No more NAGASAKI.
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by riv-good | 2007-08-06 23:09 | 文字中毒 | Comments(0)

2007年7月版・実家のネコ ~その5~

いまや古参となってしまったのだが、彼らと出会ったのは、2005年の夏のこと。

激しく世代交代する世界の2年は、飼いネコの2年とは比べものにならないほど長い時間のように感じられる。

ちなみに、昨年1月に掲載した続・実家の仔ネコ2には、仔ネコ時代の画像を載せています。



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【シマ】
尻尾が無いネコ。

なんだか年とっちゃったねぇ…。



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【シッポ】
尻尾がとても長いネコ。

現在、3匹の仔ネコを育てている最中。

前回紹介した、【新参 その4】白い靴下をはいたネコは、シッポの仔。

シッポが育児放棄したため、チビが育て上げたらしい。



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【タマ】
唯一の飼いネコ。

臆病な性格なので、外に出るとたいていイジメられて帰ってくる。

だんだん外出するのが怖くなってきたようで、最近はたいてい部屋でゴロゴロ。

どんどん体型に変化が…。
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by riv-good | 2007-07-29 23:48 | 猫道楽 | Comments(0)

長崎県諫早市出身。約10年の関東生活を経て長崎市在住。長崎の料理や食材のレベルの高さを思い知らされる日々。長崎の食卓事情や日常に沸き起こる出来事を書き綴っています。歌も歌います。フードアナリスト協会 正会員。何者でしょうか?


by 衣谷(ゆう)
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